(資料)二ツ岳の仙人


二ツ岳の仙人

 二ツ岳は上岩戸と日の影町の見立区との間にある、一、二五八メートルの山であるが、山の頂が二つになっており、二ツ岳とも矢筈岳ともいわれている。
 麓に二ツ岳八幡が祀られている。或る時、一人の猟師がこの山に獲物を追って道を踏み迷ってしまった。
 里に出ろうとするけれども、どうしても出られない。何とかして里に出ようとさまよう内、鶏の鳴き声が聞えた。この山中に人家が有る筈はないけれども鶏がいるとすれば人家があるにちがいないと思って、鶏の鳴いた方向を目ざして進んでいくと果して竹林に囲まれた小さい家の前に出た。菜園もあり土間の戸口が開いていた。中をのぞくと一人の白髪の老人が座っていた。
 道に迷った事を話すと「お困りだろう、大分疲れてござる様だから一休みして帰るがよい。」といって、座に招じ上げてお茶を出してもてなした。家の中は老人一人で外には家族は無い様であった。
 猟師は疲れた身体に何ともいえぬよい香と味を呑んでいるうちについうとうとと眠ってしまった。しばらくして眼をさますと、もう日は西に傾かけている。
 あわてゝ老人に精しく道をきゝ、教えられた通り山を進むと漸く自分が最初に山に踏み込んだ道に出て来た。
 是から先は村道で勝手知っているので夜道でも見当は着く。トップリ日は暮れたけれども漸く自分の家に帰りついた。
 「只今」といって家に入ると女房を始め家内の者達が「キャーッ」といって驚天した。ブルブル震えて手を合せている。
 今度は猟師が驚いて「どうした訳だ」と聞くと「貴方は幽霊ではなく本当の貴方ですか」という。「何の幽霊なものか」と言って足をとんとんと踏んで見せると家内の者もおそるおそる身体にさわって見て漸く安心し、家族の話を聞くと「三年前に二ツ岳に猟に出たまま、とうとう帰って来ぬので出来るだけの山さがしをして見たけれども、とうとうわからず出て行った日を命日として葬式を済ませつい近頃三年忌も済ませたばかり」という。猟師も「実はこうこういう訳でホンの一時眠っただけだったが、その間が三年も経っていたとは不思議じゃ。あゝいう山の中に人家がある筈は無いと思っていたが、さても不思議な事じゃ。ではあの白髪の老人は仙人だったのだろう」という事で、二ツ岳の仙人の話として伝えられている。

(三田井 興梠敏夫氏提供)

以上「高千穂町史」(1973)より


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